なぜ私は息子にお金を盗ませているのか
先日のブログで、息子の外食癖を直した話をしましたが、
silvia-manifestation.hatenablog.com
じゃあ、その外食のお金は、果たしてどこから来ていたのかという問題についてです。
最近までは、本人が自分の部屋の不用品を売ってお金を作っては、それで外食していました。その不用品を売るようになる前はどうしていたかというと、実は、我が家の生活費を保管していた封筒や、私のお財布から盗んでいたのです。それも、金額にして総額〇十万円。
封筒はめったに開けない封筒だったので、こちらは全く気付かず。そして、私の財布に入っていたお金の方は、入っている金額なんていちいち覚えていないということもあり、そっちもずっと気付かずにいました。
確かに、「あれ?この前お財布にお金を補充しておいたはずなんだけどな、、、」と思う事はあったのですが、まさか自分の子どもが親の財布から盗むなんて考えもしていなかったので「私の勘違いか、、、」で済ましていたのです。
ところが、「あれ????」っていうことが続いたもので、財布の金額を記録取るようになってから初めて、取られていることに気付いたのです。
気付いてから、息子とは何度も何度も話し合いましたし、保管場所も何度も変えましたが、それでも盗まれる。
今度こそは約束を守ってくれるだろう、子どもを信じよう、と自分に言い聞かせた上で、何週間か様子を見る。それでも、やっぱり盗まれる。
これは一体どういうことか。そう、これは私の問題でした。
この度重なる盗難事件をもし私自身が創り出しているとしたら、なぜか。
なぜ私は息子にお金を盗ませているのか。
これは私の何を現わしているのだろうか。
・私自身、思うように稼げていない焦り
・お金が減っていく不安
・お金を払う時に時々感じる「お金を取られている」という恐怖
・なんとかして貯金を殖やさないと、という必死さ
これらが息子に映し出されているんだと気付いたんです。こうした恐れが私の中にあったので、その恐れをさらに感じさせるような出来事として、ひたすら息子が一役買っていたということです。
こういう感情を持っていたのは、もちろん知っていたけど、なんとなく見ないふりをして避けていたので、これを機にこれら一つ一つと自分でじっくりと向き合っていきました。
そしたら無事に、嘘か!?っていう程、息子の盗みはピタッと無くなりました。
な~んだ、こんなことだったのか、と。
この気付きに至ったのがもう半年前の話になりますが、以来一円たりとも盗まれていません。(そしてその後、本人は自分の不用品を売ってお金を作るようになったというわけです。)
そして、さらに嬉しいいことに、我が家の通帳の貯金残高がどんどこ増えていっているのにも気付きました。
もちろん、盗まれなくなったということ、そして旦那の給料も少し上がったということもあるのですが、それだけでは説明のつかない増え方をしているのです。嬉しい~♪
もちろん、上記で感じていた不安を感じることも無くなったので、本当に気持ちが楽になりました。
認めたくはない。いや、本当に認めたくはない。でも、子どもの問題って、みごとに母親の内側の問題の投影なんですよね。こちら側の潜在意識に取り組めば、一瞬にして子ども側も変わるか、もう問題が問題でなくなったりします。
子どもは一ミリも変えず、ひたすら自分の内側を知ること。どこまで行っても自分。
ともあれ、とりあえず、連続盗難事件が解決したのは良いのですが、今度は、何かと「お金ちょうだい」と言ってくるように、、、。まあ、勝手に大金盗まれるよりかは、遥かに良いんですけどね。
それにしても、うん、、、私ももっとお金が欲しい、、、。
ここにもちゃんと取り組まないとですね、、、。
私はご飯を作りたくないのだ!
息子(中2)は小学校の、特に低学年の頃は色々と問題を抱えており、クラスに一人か二人は必ず(?)いる、授業中に走り回っている、ザ・迷惑児童でした。
先生からそういった話を聞く度に辛くて、、、、(泣)
本当に耐えられず、それで発達障害について調べるようになり、色々と試してきました。
そのうちの一つが食事、つまり栄養。
添加物、砂糖、小麦、乳製品の他、検査で分かった遅延型アレルギーになる物、重金属が含まれているような物は一切止め、既製品、お惣菜、冷凍食品、お菓子も買うことを止め、何から何まで手作りするようにしたのです。
これだけ多くのものを避けてのご飯作りが如何に難しいかは言うまでもないのですが、さらに悪いことに、本人の好き嫌いが多すぎるもんで、作る側としてはそれはそれは大変でした、、、。
それでも負けず、出来るだけ知識を付けて、ちょっとずつ食事を変えていったところ、2~3週間で変化が現れ始めたんです。
学校の先生からも、「だいぶ座っていられるようになった」「本人がキレることが減り、いつもニコニコしているようになった」と、言っていただけるようになったのです。
もちろん、やったことは食事の改善だけではありませんが、それでも、どれだけ食事が大事かが身をもって分かるようになり、以来、ずっと気を付けてくるようにしてきました。
ところが、小学校高学年の頃になると、友達と買い食いをするようになり、中学生になると、夕飯もどこかで食べてくるように、、、。しかも、夕飯と言っても、私の予想では菓子パン等のお菓子類。
あれだけ食事作りを頑張ってきたのは一体なんだったのか、、、。(裏切られた、、、)
こっちだって時間を掛けて夕飯を用意してあげてるのに、それを食べてくれない。(私の時間を返せ!)
栄養面も気になるけど、これだけ毎晩毎晩、外食されると、お金の問題も出てくる。(金返せ!)
いや、本当に困る。いや、本当に、、、。
最初は、息子に注意して、説教して、怒って、嫌味言って、ご飯作りをボイコットして、と色々やりましたが、何も効かず、、、。
そこで考え直してみたんです。
「もし、自分が自分の現実を創っているのなら、なぜ私は息子に外食させているのだろうか」と。
その質問に自分に問いかけてみると、意外とあっさり答えが出てきたのです。
実は、、、
私はご飯を作りたくないのだ!
そう、私は本当は料理なんてやりたくない。とにかく、食事を作るのが嫌。
これまで私の身体は、料理をするのを嫌がっていた。その事実が輪郭を持って、はっきりしたのです。
面倒臭いとはずっと思っていたし、このことは自分で気付いていたけど、「作らねばならない」という義務感で自分の中が汚染されていたため、自分のこの「嫌だ」という気持ちに対して、時間を割いてハッキリ見てあげていなかったのです。
自分の気持ちを押し殺して、実はモヤモヤしなが作っていた、、、。
そっか、嫌だったのね、、、。
自分のその嫌だという感覚をよーく感じてあげました。
そして今、そこから2~3週間経ったでしょうか。
息子は一切、夕飯を外食してくることがなくなり、私が作っておいたご飯を毎晩食べてくれるようになりました。
私の潜在意識は、「ご飯作りは嫌だ」という私の思いを叶えるために、ご飯作りをしなくて済む世界を創り出してくれていたのです。しかも、それを息子が実行に移してくれていたのです。
正に、私の自作自演。
さらに良いことに、自分の本当の気持ちがハッキリし、その気持ちを単体で見て、寄り添ってあげたことで、今では、夕飯作りに対して何か思う事は無くなりました。日々淡々と台所に立って、堂々と手抜き料理が作れるようになりました。
今でも相変わらず栄養面には気を付けてはいますが、それ以上に自分の気持ちにスポットライトを当ててあげたことで、日々やっていることは変わらなくても、息子の外食が直っただけでなく、私自身かなりご飯作りが楽になったというわけです。
ちなみに、息子を発達障害にしたのも私の潜在意識だということも分かっていて、その原因や理由を解明できたところは、息子側も改善されています。
でも、まだまだ私自身、自分で見たくない自分の闇が、どこにあるのか分からない部分に関しては、息子側に未だに反映されている状況。
なかなか手ごわいです、、、。
自分も周りも幸せになる物
旦那は仕事の帰りが終電近くになることがよくあり、そんな時は、夕飯が夜中になります。なので、夕飯は出来るだけ軽いものになるよう用意しておきます。
よく作るのが、さっぱりした豚しゃぶサラダ。
一か月程前になるでしょうか。
いつも通り、豚しゃぶサラダを作ろうと思っていたのですが、いつもの味付けだと面白くないと思い、色々とレシピを検索してみることにしたのです。そして、見つけたとあるレシピでは、なんと豚しゃぶサラダにそうめんを入れていたのです。これは斬新!
それが美味しそうに見えたので、ちょっとそのそうめん入りの豚しゃぶサラダを作ってみることに。ところが、作り始めて、我が家にそうめんが無いことに気付き、仕方ないので、その時はそうめん入りを諦めることにしました。
そうめんなんて、今度買ってくれば良いだけのことなのですが、私にとっては、そうめんはそれほど好きでもないということもあり、「買う程でもない物」のうちの一つ。「今度買ってこよう」という気持ちは正直ありませんでした。
「でも、あれ美味しそうだったから、作って旦那に食べてもらいたかったな、、、」っていう思いは残ったままでした。
それで、先日旦那とスーパーに行った時のこと。
その「買う程でもない」そうめんを買おうかどうか、そうめん売り場で迷っていたら、旦那が横で「そうめん?そうめんなら、今度もらえることになったよ。お店のお客さんが今度くれるって」。
というわけで、引き寄せました、そうめん。


明らかに高いやつ。
失礼ながらネットで調べてみたら4500円程していました。
しかもそのお客様、次回はこれに合う醤油と、うどんも持って来て下さるとのこと。
想定以上のものが手に入り/入ることになり、本当に本当にありがたいです。ありがとうございます!
今回の引き寄せの何が良かったのか:
・そうめん、、、うむ、、、あっても無くてもどっちでも良いかな、、、と思っていた(執着ゼロ)
最初はこれが成功の理由だと思っていたのですが、良く考えたら、
・私利私欲ではなく、旦那に喜んでもらいたいという気持ちがあった。
これが大事だったのかもしれません。
自分も周りも幸せになる物の方が引き寄せやすいんですよね。
それにしても、こんな高級なそうめん。庶民の私には、その味の良さが分からない自信、、、、大有りです。
勉強出来ない自分を認めちゃいなよ
息子(中2)は自分の興味のあることに関しては驚異的な記憶力を発揮する一方で、学校の勉強はてんで出来ません、結構、絶望的に、、、。
興味のあることに関してはもちろん応援していますが、現実問題、ある程度学校の成績を取っていないと、例え底辺の高校であっても、入れない可能性があるのも事実。
先日、ダラダラしている息子と「勉強が苦手」ということに関して話し合う中で、息子は専ら、自分が如何に勉強が出来ないかを開き直って話して来るのです。
友達はバカにしてくる。
先生も呆れてる。
そもそも先生の教え方が分かりにくいから、先生に問題があるんだ。
勉強やってるのに全然出来るようにならない。
人から何を言われようがもう別にどうでも良い、、、等々。
言い換えれば、被害者意識になっているのです。
私が勉強と向き合うことについて色々話をしても、息子からしてみれば、ただの説教にしか聞こえておらず、文句や不平不満を言っては、あらゆることを他責にしているのです。
息子は私のこの「説教」にうんざりという様子。
何を言っても伝わらないので、私は最終的に「勉強出来ない自分を認めちゃいなよ」と伝えたのです。
そうしたら息子は「はいはい、、、俺は勉強出来ませんよ。はい認めました。もういいでしょ。(あっち行って)」という感じ。
明らかに伝わっていない。
そこで、私は「本当に認めたのね?じゃあ最後にこの質問に答えて:自分が勉強出来ないということを考えた時、どういう気持ちになる?」
それに対して、息子はグチグチ言ってるのですが、最終的に「悲しい」と答えてきたのです。
私 「悲しいと思っているということは、勉強出来ない自分を認めたとは言えないよ。」
息子 「は?だから俺は出来ないんだって言ったじゃん?」
私 「勉強出来ない自分を認めているというのは、どういう状態かと言うと、”勉強出来ない自分も大切な存在だよね”と思えている状態だよ。勉強出来ないそんなダメな自分にもOKを出せている状態だよ。そんな自分が存在していても良いよね、って」
その瞬間、息子がハッとしたんです。
悲しいと思っているのなら、その感情を感じてあげる。悲しいと感じている自分の身体と共に過ごす。否定しない、押さえつけない、見なかったことにしない。その感情が沸き起こったことをOKにする。これが自分を大切にするということ。これで自分を大切な存在として認識出来るようになる。
実際それをどうやってやるかまでは伝えなかったのですが、息子にとっては何かの気付きになったようです。私の言った事を、じんわりと考えているようでした。
その話し合いが終わったあと、私は私で自分と向き合うことに。
私=息子
息子=私
物事を他責にしている息子にイライラしている私がいるということは、私も他責にしているところがあるということ。
自分の潜在意識に取り組んで、私自身、物事を他責にしている事はないかを考え、他責にしたいと思っている自分にもOKを出してあげました。
そして数日が経ちますが、今のところ息子から不平不満は全く聞こえてこなくなりました。むしろ、息子が得意としている音楽の授業で、先生に色々頼まれたり、褒められたり、頼りにされているという話をしてきてくれました。
明らかに、息子の視点に変化が。
物事を違う角度から捉えると、そこにはまた別の世界が広がっているんですよね。
私の希望が全部揃っているじゃん!?
一般的には、子どもが小学校入学と同時に学習机を買ってあげるのが通常かと思いますが、我が家では当時の息子(今、中2)には学習机は買わずに、代わりに、私が仕事で使っていたガラストップの机をあげました。(そして、私は自分用に新しく、大きい机を買いました。酷い親です、、、。)
当時の息子もそれで構わないと言うので、机は私のお古を使うことに。そして椅子は、赤ちゃんの時から使っていたベビーチェアを。このベビーチェアは座面の高さが調節可能で、大人になるまで使えるというものです。
ところが、これまでずっとそのベビーチェアを使っていたのが、最近、息子も背が高くなったというのもあり、やはり座りにくいということで、ちゃんとしたデスクチェアが欲しいと言い出すようになったのです。
しめしめ!
実はこの状況、引き寄せました。
実は、私も自分が使っていた椅子に飽き初めていて、「新しいの買いたいな、、、息子が私の椅子を欲しいって言ってくれれば、新しいのを買う口実が出来るのにな、、、」なんて企んでいたんです。
そしたらなんと、最近になって、息子がしきりに私の椅子を欲しがるように。
というわけで、これまで私が使っていたデスクチェアを息子にあげることにしました。そしてもちろん、私は晴れて新しい椅子を買うことに。(本当に酷い親です、、、)
自分のデスクチェアとして、私がイメージしていたのは、
・落ち着いた黄緑色
・背側がメッシュ
・アームレストが付いているけれども、邪魔な時は上にあげて収納(?)出来る
・予算2万円
・小柄な私でも姿勢良く座れる
・あぐらが楽にかけられる
そして、最も重要視していたのが、
・椅子に座ったまま寝れること(笑)。なので、背もたれが首辺りまでくること。
なんとなく希望していたのはこういうのでしたが、果たしてそんなぴったりな物が見つかるのだろうか。もしかしたら何か妥協しなくてはいけないかもしれないな、と覚悟していました。
でもとりあえず、自分で意図したんです、「凄く満足するデスクチェアが見つかる」と。
ここ一週間ほど、ネットで色々見ていたものの、やはり実際に座ってみないと分からないので、昨日、家具屋さんに行って実際に見てきました。
お店には数十個ものデスクチェアがあり、全部試していたのでは時間が掛かってしまうので、一応、予算である2万円ぐらいまでのものと、10万円以上する高級なのにも参考までに座ってみました(笑)。
とりあえず、一通り座ってみて、2周目を回わろうと思った時に、何となく目に入った椅子があったんです。
さっき一度試した椅子ではあるけれど、とりあえずもう一度それに座ってみることに。
そして気付いたんです。「あれ?これ、私の希望が全部揃っているじゃん!?」って。
色も、メッシュも、アームレストも、予算も、座り心地も合格。そして、何と言っても首の所のカーブが絶妙。座ったまま気持ちよく寝れそう。おまけにロッキング機能が付いてる。寝るのにぴったり(笑)

(写真はお店のHPより)
あっさりこれで決まりました。
しかも、嬉しいことに、その店内は基本的に展示だけなのに、なぜかその椅子だけは壁沿いに在庫の箱が置いてある。なので、そのまま郵送で次の日にお届けが可能。
さらに、そのお店のネットで買った場合は送料4000円(組み立て作業込み)なんだけれども、店舗の方では送料1000円(組み立て作業無し)っていうのも選べる。組み立てぐらいは自分で出来るし(旦那にやらせるし)、その送料1000円の方を選んで送ってもらうことが出来ました。
いやはや、、、なんてラッキーなの。希望通りの椅子がドンピシャであっさりと見つかった上に、送料が1000円で済むなんて。こんな完璧なことってある!?もう、嬉しすぎて、帰り道のことはあまり覚えていません(笑)
それはそれは、ワクワク。早く明日になって届かないかな!?早く手元に届いて欲しいな。待ち遠しいな、、、。
そんな小学生みたいにワクワクして待っていたら、今日の朝、なんと8:30にその椅子が届き(早っ!)、旦那が出勤前に全て組み立ててくれました。
もう、、、全てが完璧、、、。
今回の引き寄せの何が良かったのか:
・完璧な椅子が見つからなくてもOKにしていた(抵抗が無い状態)
・最終的な願いは、「凄く満足するデスクチェア」という漠然とした願いにしていた。(神様にお任せ状態)
願っていた以上の状況。
願っていた通りの椅子。
いやん、嬉しい!
っていうわけで、心地の良い椅子を手に入れることができたおかげで、ますます私の出不精が加速しそうです。
何か良いことがあれば
国立新博物館の「ルーヴル美術館展 愛を描く」
【公式】ルーヴル美術館展 愛を描く|日本テレビ (ntv.co.jp)

インスタのおすすめで上がってきたこの展覧会に、「これ行きたいな」と思ったのが3月くらいだったでしょうか。
「いつ行こうかな、、、まぁいっか、後で考えよう、、、」と放置すること約3ヵ月。すっかり忘れていました。
そして3日前の土曜日(6/10)。
月曜に出掛けるはずの所が急遽ダメになり、旦那から「代わりにどこか行きたいところある?」と聞かれ、思い出したのがこの展覧会。
調べてみると、なんと、6/12月曜日が最終日ではないか!
このギリギリ感は一体何!?
日曜日に行くか、最終日の月曜日に行くかで迷ったのですが、結局月曜日に行くことに。
その後、旦那が美術館までの行き方や電車の時間を調べたり、チケットの事前購入まで全部やってくれ、私は後ろから、ひょこひょこ着いて行くだけでOKになりました。



展示会は結構な混雑で、ゆっくり見れるという感じではなかったものの、各絵の背景にあるストーリーがなかなか面白くて、楽しめたのは良かったです。
そして、後から分かったのですが、日曜日は最大120分待ちだったよう。
私たちは、わずか10分待ちで入れたので、月曜日にして正解でした。
今回、美術館に行きたいとチラッと思って、その後忘れてしまっていた間にも、潜在意識はちゃんと覚えていてくれて、それが叶う方向で動いてくれていたみたいです。
しかも、潜在意識が叶えてくれる時って、基本的に本人は特別な努力をしなくても叶うというのが特徴なんですよ。(旦那が全てやってくれた)
今回起きた奇跡:
・本当だったら別の所に出掛ける予定だったのが、それがダメになった。
・「他にどこか行きたいところある?」と旦那が聞いてきた。
(普段だったらそんなことは聞いてこない)
・ふと、美術館のことを思い出した。
(潜在意識からのお知らせをキャッチ出来た)
・日曜日ではなく、結果的に混雑の少ない方の月曜日で決まった。
・展覧会最終日に間に合った。
・旦那のシフト上、たまたまこの日が休みだった。
これらは、よくあることで大したことない、なんて思うかもしれませんが、潜在意識は自然な流れで叶えてくれるからこそのこと。
引き寄せで大事なことは、とにかく潜在意識が自分のために働いてくれていることを信じることです。
何か良いことがあれば、「俺様のおかげ」や「そんなのたまたまでしょ」と捉えるより、潜在意識のおかげであると感謝していると、潜在意識を意図的に使えるようになってきます。
それにしても、結構な人込みで、、、身体の芯から疲れました、、、。
旦那がいつ休みなのかは、週間天気予報を見れば分かる
私は、自他共に認める、晴れ女。
旦那は、自他共に認める、雨男。
私は昔から、「自分が出掛ける時は晴れる」ということが、自分の中で当たり前になっているので、出かける時はちゃんと晴れてくれます。
例え雨が降っていたとしても、私が出る時になれば、
・ちょうど止むか、
・見事に太陽が出てきてくれるか、
・嵐だったのが小雨になるか
のどれかになります。
毎度、我ながら見事。
傘を使うのも年に3~4回程度かなと思います。
もしかしたら、もっと少ないかも、、、。
傘を使うことになった場合、それは私のせいではありません(笑)
隣に雨男が一緒にいるから傘を使うはめになるのです。
こいう時は、「まったく、も~、だから雨男は困るんだよ、、、」ってイジるのが楽しい。
旦那は、仕事がシフト制の不規則勤務。
面白いのが、その旦那がいつ休みなのかは、シフト表を見なくても、だいたい分かるということ。
だって、旦那がいつ休みなのかは、週間天気予報を見れば分かるから。
もちろん、雨予報の日=休みの日。
テレビの天気予報を見ながら
「今週は水木が休みなんだ!?」って旦那に聞くと、
「え!?そうだけど、、、?何で分かったの!?」って。
でも、さすがに梅雨になると、この手法は通じないので、最近はなかなか難しい季節になってきました。
きっと、「旦那は晴れ男」という思い込みを、私にも旦那にも埋め込めば、晴れ男になるのでしょうが、、、イジるネタが減ってしまうので、このまま雨男にしておこうと思います。